「書き方を直せ」より「書き続けろ」のほうが、たぶん大事。
顔文字もアニメのセリフも、やめなくていいと思う理由
ルールを守ろうとして、書けなくなってませんか?
最近、Substackでも「書き方指南」系の記事をよく見かけるようになりましたよね。
改行はこうしろ、文字数はこう、漢字とひらがなの比率はこう……。読んでると「なるほどな〜」とはなるんですよ。内容として間違ってるわけじゃないし、参考にはなる。
ただ、ひとつだけ気になることがあって。
そのルール、ちゃんと守ろうとして、書けなくなってませんか?
自分、わりとアウト寄りのことやってますw
自分の話をすると、わりとルール的にアウト寄りのことをやってるんですよね。(ノ∀`)タハー
顔文字、使います。「(・∀・)」とか「( ◜ω◝ )ニチャア」とか、ふつうに記事に混ざってたりします。漫画やアニメのセリフも擦ります。「それはそう」「なんでやねん」みたいなノリも出ますし、関西弁っぽいニュアンスも抜けない。
改行?わりと感覚でやってます。
文字数の目安?あんまり意識したことないです。
漢字とひらがなの比率?考えたこともないですw
これら全部、巷でよく言われる書き方指南的には「直したほうがいい癖」に分類されそうなやつばかりですよね。
で、人から「BMPさんの文章ってすぐわかりますよね」って言われるくらいには、クセが強いらしいですw
自分ではあんまりわからないんですけど。(^_^;)
でも、こんなセオリー無視した文章で、サブスタ開始から1ヶ月でフォロワーは860人以上、購読者は320人を超えました。
これって、きれいな文章じゃなくていいってことの証明になってませんかね?
「自分っぽさ」が、一番のシグナルだと思う
なんでかというと、そこが自分っぽいから、というのが正直なところです。
顔文字を使うのも、アニメのセリフを擦るのも、「自分はこういう人間ですよ」というシグナルになってるんですよ。読んでる人がなんとなく「この人の感じ、好きだな」と思ってくれるとしたら、たぶんそういうところだと思う。
きれいに整えた文章って、確かに読みやすい。でも「誰が書いたかわからない」文章・・・というか、「誰が書いても同じ文章」になりやすいんですよね。
まず書く。整えるのはそのあとでいい
形に縛られて書けなくなるのが、一番もったいないと思うんですよ。
「改行がこれで合ってるかな」「漢字多すぎるかな」ってずっと気にしながら書いてたら、書くことそのものが苦しくなってくるじゃないですか。
ルールって、書けるようになってから整えていけばいいと思っていて。最初から完璧な形を目指そうとすると、書く前に力尽きます。( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
まず書く。クセがあってもいいから書く。整えるのはそのあとでいい。
それだけで、文章を書くってことを続けられる人がかなり増えると思うんですよね。( ・`ω・´)
クセなんて直さなくていい
もっとクセを出して走れ
「なんでクセがあってもいいの?」の答えは裏で
……ちなみに、「なんでクセがあってもいいの?」「むしろそのほうがいい理由ってなに?」という話は、もう少し深いところの話になってくるので、裏メルマガのほうで書きました。↓
表向きは「直さなくていい」で終わっていい話だと思うんですけど、裏側には「それが差別化になる理由」があって、そっちのほうが個人的には面白い話だと思ってるので。
出来れば合わせて読んでみてくださいね(・∀・)
おわりに
この記事、わりと自分への言い聞かせでもあります。
「ちゃんと書かないと」って思いすぎて、下書きで止まってる人・・・絶対いると思うんですよね。けどね、まずはそのまま出してみてほしいです。クセごと。
次回以降も、こういう「発信まわりで思ってること」を正直に書いていきます。
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ニチャアww
私も型とか気にしなくなりました。特にSubstackだと自由でいいっつってたのになんで急にノウハウぶち込んでくんねん!!となったので、その時書きたいことを書くよにしました!おかげで記事作成楽しんでます。
私も顔文字ダイスキ(´ω`)