悪人は縛れない、でも善意の人は縛られる
凍結祭りを見て、ゲームのセリフを思い出した話
悪人は縛れない、でも善意の人は縛られる
最近、あるゲームのセリフがずっと頭に残ってるんですよね。
『どれほど規則を厳密にしても悪人を完全に縛ることは出来ない。悪人は規則の隙を見つけることに長けてる。複雑な規則は不便なだけで善意の被害者を生みかねない』
ゲーム内のセリフなんですけど・・・これ、めちゃくちゃ今のネット社会の話じゃないですかね?
凍結祭り、見てて思ったこと
最近、Xでまた「凍結祭り」って呼ばれるやつ、ありましたよね?
規約違反のアカウントを一斉に取り締まる動き。スパムや詐欺、なりすまし。こういうのを減らすために規則がどんどん厳しくなっていく。
それ自体は分かるんですよ。プラットフォームを健全に保つためには、必要なことですもんね。
でも、実際に凍結されてるのって・・・誰なんでしょう?
スパムや詐欺をやってる人たちは案外しぶといんですよね。グレーゾーンを見つけて、新しいアカウントを作って、また同じことを繰り返す。規則の網をすり抜けるのが、ある意味『得意』なんですよ。( ˙-˙ )スン…
一方で、真面目に使ってた人が、BOT判定や誤フラグでまとめて凍結されちゃう。「え、自分??なんで!?」って戸惑ってる人、見たことありませんか?
これ、まさにあのセリフの通りなんですよね。
『悪人を完全に縛ることは出来ない。複雑な規則は善意の被害者を生む』
規則を厳しくすればするほど、悪意のある人はその隙を見つけて生き残る。
でも、その規則に振り回されるのは・・・何も知らずに真面目にやってた人たちなんです。
じゃあ、規則がない場所は?
ここでちょっと、視点を変えてみたいんですよ。
Xみたいに「規則が明文化されてる」場所だとまだ分かりやすいんです。
規約違反かどうか、一応の線引きがあるから。
でも、規則が明文化されてない場所では何が起きるんでしょう?
たとえば、Substack。
ここって実は、規約でガチガチに縛られてる空間じゃないんですよね。クリエイターにかなり自由が与えられてる。だからこそ、いろんな使い方をする人が出てくる。
「規則がないから何でもOK」なのか、それとも・・・
実はそこにも、似たような構造が隠れてるんじゃないかなって、自分は思ってるんですよね。
悪意があるわけじゃない。ルール違反でもない。でも、何かが少しずつズレていく。
悪意がある人より、厄介な人がいる
正直に言うと、自分はこう思ってるんです。
明確な悪意を持ってルールを破る人より、『自分は何も悪いことをしてない』と本気で思ってる人の方が、実は厄介なんじゃないかって。
自分が『悪』だと気付いていない・・・もっともドス黒い『悪』だ・・・
悪意がある人は、指摘されればまだ自分でも分かってる部分がある。でも、無自覚な人には何を言っても響かないんですよね。「え、私、悪いことしてますか?」って、本気で不思議そうな顔をされる。
これ、別にXの話だけじゃなくて、もっと身近な場所にも当てはまる話だったりするんですよ。
・・・と、ここまで書いて、実はもう少し具体的な話があるんですけど。
これ以上は、ちょっと裏ゆなラボの方で書こうかなと思います。
「規則がない場所」で実際に何が起きてるのか。
そして、それがなぜ『悪意がないからこそ厄介』なのか・・・。
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あとがき
このセリフ、ゲームの中ではもっと別の文脈で使われてたんですけど・・・なんか妙に汎用性高くて、いろんな場面に当てはめて考えちゃうんですよね。
「規則」って言葉だけだと堅い話に聞こえるかもしれないですけど、結局これ、『人としてどう振る舞うか』の話だったりするんですよね。(^_^;)
続きが気になる方は、裏ゆなラボでお待ちしてますね。
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