言葉に触れる媒体って、ぶっちゃけ何でも良いと思う
読書ゼロでも、掲示板で地頭は育っていた
前回、前々回と「語彙」の話を続けてきたんですけど、実は一つ、まだ言ってなかったことがあるんですよ。
実は自分、正直そんなに本を読んできたタイプじゃないんですよね。(ノ∀`)タハー
世間的には「語彙力を増やすには読書しろ」ってよく言われるけど、自分の場合、その王道ルートをちゃんと通ってきたかっていうと・・・怪しいんです。むしろ全然違うところで鍛えられた自覚があって。
今日はその「ぶっちゃけ話」をしようと思います。
自分、学生時代から参考書なんて開いた記憶がほとんどなくてですね。(^_^;)
ビジネス始めてからは、ライティング教材はいくつか買ったんですよ?でも、正直に言うと・・・最後までちゃんと通して読み切れた教材、たぶん一つもありません(ノ∀`)タハー
そのくせ、ネットの掲示板とか、雑多な文章を読み漁るのだけはずっと好きだったんです。
名前も知らない誰かの長文レス、変なスレの空気感、支離滅裂だけど妙に熱のこもった書き込み・・・そういうものの波に、ただただ溺れてた感じ?
今思えば、あれが一番の教材だったんですよね。文章として整ってるかどうかより、「この人、こういう順番で考えるのか!」「この言い回し、こんな時に使うんだ?」っていうのを、無意識にずっと浴び続けてた。
自分、学歴で言うとブッチャケ中の下くらいの高校を出て、そのあと専門学校に進んだんですよね。大学には行ってません。なので決して頭は賢くないんですよ(自虐)
けど、上記の理由により言葉自体は割と知ってる方なんですよね。
その差を、はっきり実感したのが店長として働いてた時期でした。
「その年齢なら知ってて当然じゃね?」って思うような言葉を使ってるはずなのに、バイトの子には伝わらないことが、チョイチョイあったんですよ。
ちなみに当然ながらバイトの子たちがおバカなわけじゃないんです。むしろ自分よりもよっぽど良い学校出身の子ばっかりでしたし(苦笑)
で、その時はうまく言語化できなかったんですけど・・・今なら分かる気がしてるんです。たぶんアレ、「学歴」とか「知識量」の差というより、「文章を浴びてきた量」の差だったんですよね。
本を読むにしろ、掲示板を読み漁るにしろ、文章を読むって結局「他人の頭の中の整理の仕方」をそのままなぞる行為なんだと思うんです。
「この言葉、こういう場面で出てくるのか」
「この主張、前の話とこう繋がってるんだ」
「これ、感情論じゃなくて構造の話だったのか」
こういうのを、意識せずにずっと浴び続けると、知らない概念に出会った時の「意味を読み取るスピード」が変わってくる。行間を読む体力がつく。
つまり、鍛えられてたのは語彙だけじゃなくて、「文脈を処理する力」そのものだったんですよね。読書か掲示板か、そこの手段は正直どっちでも良くて。大事だったのは、量だったんです。( ・`д・´)
で、ここでAIの話に繋げるんですけど。
「AI時代は自分は難しいことは考えなくていい。AIに丸投げすればいいから」って、よく言われるじゃないですか。でも自分、あれ半分ウソだと思ってて。
AIに何を聞くか決めるにも、語彙がないと質問すら組み立てられない。AIの答えを読むにも、途中で自分の頭の処理が追いつかなくなる。AIがそれっぽく間違えた時、「あれ、なんかおかしくない?」って気づくにも、最低限の文脈理解が要る。
つまり、これまで文章をどれだけ浴びてきたかが、AIをうまく使いこなせるかどうかの土台になってるんですよね。
暗記だけで勝てる時代は、たしかに終わったと思います。
でも、暗記や読解の土台がない人ほど、AIに振り回される側に回っちゃう。ここ、結構見落とされてる気がするんです。
だから、これから語彙とか言語化の力を鍛えたいって人に伝えたいのは、別に難しい本を無理して読む必要はないってことです。
小説でも、ネットニュースでも、掲示板でも、ゲームのシナリオでも良い。とにかく「言葉に触れる量」を増やすこと。手段はぶっちゃけ何でも良いと思います。(^_^;)
あとがき・次回予告
前々回のワーク②「なぜ?を5回繰り返す」、③「価値観ランキング」も、いずれこのシリーズの続きとして書いていく予定です。またどこかのタイミングで。
「自分も読書より、こっちで鍛えられたかも?」ってものがあれば、コメントで一言だけでも教えてもらえたら嬉しいです。(・∀・)



