そのコメント、ちゃんと読んでくれてるのになぜか引っかかった話
~感情って、アウトソースできるんだっけ。~
Substackで、あるやり取りを見かけたんですよね。
投稿者さんは自分の書いた記事にコメント貰ったことをメッチャ喜んでいて、「こんなに丁寧に読んでいただけて、とても嬉しくなりました」って返信してたんですよ。
コメントを書いた人も、たぶんちゃんと読んでたと思うんです。記事の内容をきちんと拾ってたし、言葉も丁寧だったし。
なのに、なんか引っかかったんですよね。
こいつはくせえーーーーッ!
いや、失礼(笑) ゲロ以下とまでは言わないですけど、それくらいプンプン臭ってきたんですよ。
AI臭い。
それが最初の感想でした。
自分がそう感じた理由、ちょっと分解してみたんですよ。
そのコメント、記事に出てきたエピソードを全部律儀に拾ってたんですよね。しかもめちゃくちゃ綺麗に。接続詞も整ってて、個別の話が最後にはきれいに一般論へ着地してた。
でも、人間のSNSコメントって、良くも悪くももっと雑じゃないですか?
「大雪のくだり吹いたw」とか「指輪の話好きですw」みたいな、変なところに引っかかって、話が飛んで、「そこ!?」ってなるのが普通だと思うんですよね。
それがそのコメントには全然なくて、全部が優等生だったんです。
じゃあAIを使ったのか?って話なんですけど、それも断定できないんですよね。
ひょっとしたら言語化?てか文章化?が苦手で、AIに整理してもらっただけかもしれないですもんね。けどそれって「AIが代筆した」というより「AIが翻訳した」に近いことになりません?(^_^;)
まぁでも実際、記事をちゃんと読んでたのは事実だと思うんです。
投稿者さんが喜んでたのも、「全部拾ってくれた」っていう事実が嬉しかったんだろうし、それはそれでわかる話なんですよ。
じゃあ何にモヤったんやろ?って考えてみたんです。
これって、AIを使ったこと自体じゃあないんですよ。
自分だって記事を作るときにAIめちゃくちゃ使いますし。構成考えさせたり、文章整えさせたり。それは作業の話だから、別に全然おかしいと思わないんですよね。
でも誰かの記事の感想ってことになると、ちょっと違う気がしたんです。
たとえば、映画を一緒に観た友人に「どうだった?」って聞いたとき、相手がスマホ取り出して「あ、ちょっと待って。いまAIに感想まとめてもらうわ」って言い始めたら・・・なんか変な感じしません?(ノ∀`)タハー
別に間違ってないんですよ。感想の内容だって正確かもしれない。
でもそこで聞きたかったのは感想の正しさじゃなくて、「その人が何を感じたか?」じゃないですかね?
たとえそれが一言「うん、まぁまぁ良かったんじゃね?」であっても、それが”その人”の感想なら全然納得感はあると思うんですよ。
そこなんですよね、モヤった理由って。
『感情のアウトソース』とでも言えばいいのかな・・・。
これが「悪いこと」なのかって言われると、自分には正直ハッキリわからないんですよね。
AIを使うなって話をしたいわけじゃないし、そもそもAI活用を教えてる自分が言える立場でもないし(笑)
ただ、感情表現までAI委託し始めちゃったら、人と人とのやり取りの中で何かが少しずつ変わっていく気がして。
・・・まさにモームリですよ、委託だけに。
なんて、冗談はさておき(笑)
それが何なのか、うまく言語化できなかったんですけど・・・。
あなたはこういうやり取りを見たとき、どう感じますか?
『AI臭い』と感じる、その正体は何なのか。自分なりに心理学の観点から掘り下げてみたので、気になる方は続編となる裏ゆなラボの記事も覗いてみてくださいね。




AIがない時代に「マジで何言ってるか分からない」「本人の意志とは無関係に人を怒らせる」という人生を歩んできた人たちを知っているので、感情の吐露も含めてその人がAIを使いたいなら使えば良いと思っています。
使っている人がシステム化して使っているのか、自分を守るために使っているのかはわからないので、判断しようがないのです笑
AIくさいと感じるということはほぼ高確率でAI使ってるんですよね。
ぼくは優等生の文章より、BNPさんの言うように人間らしい雑なコメントの方が大好物です。
AI使うなとは言わないけど、コメントにまでAI使わんでも...とは思いますね。
モームリワロリッシュwww
もうこんなんでも嬉しいです。